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【KAKERUインタビュー No.2】
フランスに移住し、蟻の目鳥の目で日本を語る横田増生さん
アマゾンジャパン物流センター潜入ルポ!
横田さんの著書を読んで、まず感じたのは膨大な資料をきちんと踏まえて書いている秀逸さ。感情に流されること無く、事実を洞察する力はプロとして尊敬せずにはいられません。文章の行間からも穏やかな人柄が見え隠れしますが、その反面、体当たりの潜入ルポは鋭利な刃物で事実を切り刻んでいるかのよう。フランスと日本の時差はマイナス7時間。日本が午後10時だとフランスは午後3時。国際電話でも通話料0円のSkypeを利用した初取材で、3歳のお子さんが保育園に通われているつかの間をぬって対応していただきました 。
横田増生(よこた・ますお)
1965年、福岡県生まれ。関西学院大学卒業後、予備校講師を経て米アイオワ大学大学院を卒業。物流業界紙で編集長を務めた後、フリーのジャーナリストとなる。『アメリカ「対日感情」紀行』、『アマゾン・ドット・コムの光と影』(いずれも情報センター出版局)を著す。次のテーマとしては、「脱少子化日本」のモデルとなっているフランスからの育児ドキュメントに取り組む予定。
 

---ITという華やかな世界の舞台裏
を知りたい!という記者魂

今回の著書「アマゾン・ドット・コムの光と影」は各方面の書評でも取り上げられ、特にアマゾンを利用している層やIT企業に関わっているものであれば、読みたくなる興味深いテーマと内容だ。同類のルポタージュは70年代に鎌田慧氏がトヨタ自動車の工場に潜入して書いた「自動車絶望工場」(講談社文庫)があるが、秘密主義でベールに包まれているアマゾンのことをここまで具体的に解き明かした著書はこれまで無い。しかし、このふたつのルポには大きな違いがある。それについて、数多くの書評のひとつで横田氏はこうインタビューに答えている。

『鎌田氏の場合は「資本主義に対する強烈な怒り、義憤とでもいうべきものが、このルポの根底に流れているのがわかる」が、自分は義憤といったものより、「IT産業という一見華やかに見える業界の舞台裏では、いったいどんな人たちがどんな思いで働いているのか」を実体験してみたかったのだ』(2005.8諸君!掲載)

そして、氏は2003年11月から2005年3月末までの半年間、アマゾン・ドット・コムの日本法人アマゾンジャパンの物流センターにアルバイトとして潜入する。時給900円で何の保障も無く、ただひたすらセンター内でピッキング作業に従事するバイト生活。決してゴシップネタではなく、労働力の一番底辺から書籍の流通、ひいては日本の格差社会へ一石を投じるこのような内容である。業界紙の編集長という経歴をもつ横田氏の取材力に、読み進むうちに圧倒されることも。だからこそアマゾン側から文句の一つも出ていないのだろうか?

---潜入ルポで知りえた事実
著書について語る

「取次ぎ業者には、アマゾンはこの本を売らないのでは?という噂もありました。でも、僕の本以前にも『アマゾン・ドット・コム』(ロバート・スペクター著、日経BP社)という翻訳本が出ておりまして。周辺取材のみで書かれた内容だったのでアマゾンの創業者であるジェフ・ベゾスは嫌がっていたようですが売っていました。そこが顧客第一主義の徹底しているところだと思いますが。要は読者が欲しいと思えば在庫を確保しておく、という。ただ、実際本を出す前に弁護士チェックや裁判対策などもしっかりやっておりまして。名誉毀損には値しない内容ですし、不正な方法(盗聴・盗撮など)で情報を入手したものでもない。それもあってか、アマゾンからのクレームはありませんでした」と話す。

確かに潜入という行為自体はセンセーショナルな気もする。しかし裏を返せばそれだけの覚悟をもって書くことに臨んでいるのだし、内容は底の浅いゴシップ記事と違って具体的数字も明示した調査、資料を踏まえた洞察で、読後感は知りえなかった知識を授かり賢くなった気すらする。その点からすれば、逆に勝ち組アマゾンの勝利の裏側を克明にあぶりだし、結局今のアマゾンという不動の地位を詳細な裏づけをもとに世の中へアピールしているともいえる。

私が一番共感して読んだのは、半年間の過酷な配本現場作業で「自分が損なわれていく感じがした」と語っている点だ。横田さんもまたペンをもち書くことで生計をたてる人であり、私もまたそういう筋のプロとして自負がある。しかし、ペンを取り上げられ、誰でもができるような仕事をしなければならない状況で何を感じ、考えていたのだろう。

「作業自体はとても無機質でした。書く目的があったので観察していたのですが、体も動かさねばならなかったし単調な仕事で時間はゆっくりと過ぎてゆく。いってみれば砂で城をつくっている感じ。午前8時から午後5時まで時計ばかり眺めているのに、なかなか時間が過ぎない。代用がきく使い捨ての文化は、むなしくて空虚なものです」

---IT企業は皆同じか?
ライブドアでの手記を読んだ感想

私はライブドアの現場で肌で感じてきたことを手記にした。奇しくも氏がアマゾンで経験したのと同じく半年という期間だが、決定的に違うのは氏の場合は、アマゾンの配本工場でバイトとして働く以前に「書くために潜入する」という目的があったわけで、私の場合は少なくとも初めから手記を書くつもりではなかった。なんとか企画を形にするために正社員になったものの、入社したら話が180度違っていたために生じた『価値観の差』を徹底的に解明するために手記にした。泣き言や恨みつらみを言いたいのではなく、何が相容れなかったのかに向き合いたかったからだ。堀江さんの破天荒な言動がさまざまな業界を揺るがしているせいか、IT企業の中でもライブドアは「新しいことを歓迎する文化がある」あるいは「新しい価値をうみだせる企業」というような錯覚があるように思う。横田氏は、私の手記をどのように読んでくれたのだろう。

「意外というより、むしろやっぱりそうだったのかというのが感想です。原稿を読みながら、立花隆が文藝春秋5月号で書いていた、「ネットはメディアを殺せない」という寄稿を思い出していました。
『ビジネスの才覚はなかなかある。しかし、どうもいただけないのは、堀江のメディア論であり、ジャーナリズム論である。』

ジャーナリズム軽視の側面が、人を大切にしない経営と底流のところで結びついているような気がしました。どこまで物事を深く考えているのだろうか、という疑問です。ジャーナリズムはいらないという考え方も僕は違うと思う。パブリックジャーナリストのように誰もが伝えるチャンスを与えられるのはいいことかもしれませんが、やはり情報は人を介してこそ初めて生きるもの。情報の取捨選択ができない人が伝えると、質の悪い情報も混在することになってしまう」

また、氏は10年後のIT企業がどれだけ淘汰されているか問う。
「アマゾンは本、ヤフーはニュースや検索、楽天はショッピングモール、マイクロソフトはパソコンに内臓されている。じゃ、ライブドアって何が無くてはならないものか?というと非常に疑問ですよね。ライブドアのサービスとしては、今回使ったSkypeがはじめて。企業名の知名度の高さからすれば、サービス内容、言い換えれば社会に対する貢献度との間に、大きな落差があるような気がしてなりません。10年たったら堀江氏が、テレビでよくやる昔の有名人のような扱いになっていても個人的には驚きません。今回のムック『ヒルズではたらく社員の告白』は、さまざまなIT企業について多角的に掘り下げて書かれているようなので楽しみです。IT企業は全部同じとは言い切れないかもしれないですしね」

---フランスの子育て、文化は学ぶことが多い
次なる著書は少子化対策

2004年春。横田氏はアマゾンでの取材を終え、妻の転勤でフランスへ移住した。仕事をする女性なら憧れてしまう夫婦像だ。お子さんは現在3歳でフランスの保育園に通い、普段は横田さんが執筆活動の傍ら、子どもが帰宅後は面倒をみる。フランスの育児をこう語る。

「ガツガツしてないし、競争しない感じ。アメリカや日本って消費を目的にしていると思うけれど、フランスは生活を目的にしている。2週間から1ヶ月の長〜いバカンスを取るのは当然ですし。息子が通う地域の保育園は5つありますが、4つの園は全部バカンス期間休みになる。たった一つだけの園がバックアップとして、その地域にいる子どもならどの子でもその期間行っていい。

あとね、子ども一人につき育児休暇が3年取れるんです。3人産めば9年休めます。ゆっくり働く文化なんですね。政府の補助も手厚い。それでも出生率は1.89。パートナーと暮らしていても戸籍上はシングルマザーだったり、離婚率が高いということもこの国の特徴ですね。それでも、子どもを産んで育てる環境としては、日本よりも格段にいいです」

育児だけでなく、労働環境も意識が違うと指摘する。毎週のようにデモやストが行われているという事実。雇用条件改善のために、保育園の先生でさえデモを行なう徹底ぶりという。百貨店は日曜日に休み、24時間営業のコンビニも無いけれど、それだけ労働者の生活は確保されている。

今回発売された『ヒルズで働く社員の告白』で「フランスで見つけた労働者重視の視点」というテーマで氏は寄稿している。今年4月、100人以上の犠牲者を出したJR福知山線の脱線事故についても言及している。90年代以降バブル後、過剰なサービスを追求し「消費者至上主義」がもたらした日本の労働現場の歪(ひず)みを、はたと気づかされる内容だ。蟻の目鳥の目で物事を多角的に捉えている。

「いつもは、家にこもって原稿を書くか、息子とすごしているかという生活をしているので、フランスに住みながら、フランスとの接点が少ないのです。けれど、偶然ではあるにしても、物書きである僕が、外国に住んだのですから、その国について書かないのは僕自身にとってもったいないという気がしています。そしてフランスとの一番の接点が、息子を通して見えてくるフランスです。これも偶然なことに、フランスは現在、脱少子化日本のモデルとなっています。これから、そのフランスで子どもを育てながら、フランスのことと日本のことについて考えてみたいと思っています」

僭越ながら私と同世代で、子育ての真っ最中。そしてIT企業の現場で曲がりなりにも半年間労働した「同士」である。私はこの半年のおかげで、書くという行為に飢餓状態になっていた。その上、横田さんと今回の取材で話すことができ、「もっと書いていかなくては」という思いに駆られた。次回作も楽しみな方である。

書籍紹介
アマゾン・ドット・コムの光と影―潜入ルポ
横田 増生 (著)
価格: \1,680(税込)
 
アメリカ「対日感情」紀行―全米50州インタビュードライブ600日
横田 増生 (著)
価格: ¥1,470(税込)
 
 
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