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【KAKERUインタビュー No.39】
昨年末に届いた一冊の本。『昔ながらの行事と手仕事をたのしむ、12か月のレシピ「にほんの食ごよみ」』という書籍を送ってくれたのは、腕のいい女性カメラマン・福田栄美子さん。以前も彼女はご自分の手がけた料理本を送ってくれましたが、ツヤのある美しい写真を撮影されます。今回は、料理研究家の橋本加名子さんがつくる和の行事にまつわるお料理の数々をツヤっぽく写しています。もともと橋本さんは、懐石料理の近茶流(きんさりゅう)教授を母にもつ「ザ・お料理道」のサラブレッド。でも意外にも、料理の道で仕事をしようと心に決めたのは子どもが産まれてからのことだとか。おいしいものをつくり続けるエネルギーは半端なものではありません。タイ料理も極めた橋本さんに、「あべんとう」企画も聞いていただきながらお話しを伺いました。
橋本加名子・料理研究家・フードコーディネーター 橋本加名子【Kanako Hashimoto】
料理研究家・フードコーディネーター

http://www.oishi-spoon.com/  「アジアサロン おいしいスプーン」

実践女子短期大学にて栄養学を学び栄養士免許取得。その後、米国ノーザンヴァージニアコミュニティカレッジ卒業。海外留学中にアジアの食文化に刺激を受け、料理の道を模索するためにタイ・バンコクへ。現在、飲食店のプロデュース、レシピ開発、料理教室講師、雑誌・書籍など多方面で活躍している。実母は懐石料理「近茶流(きんさりゅう)」の教授。自身も宗家・柳原一成氏より懐石料理を学んでいる。
著書は他に「スープレシピ」(グラフ社)。
家族は、夫、小学生の娘、トイプードル。

 
著書「にほんの食ごよみ」、とても話題になっていらっしゃいますね。日本料理にもお詳しいうえ、タイ料理をご専門にされていらしたとか。お料理の世界に転身されたきっかけは?
 

実はお料理の仕事を始めたのは、出産してからのことなんです。私は高校時代からアメリカ留学に憧れていて、中高一貫の女子校に通って付属の短大に進んだのですが、卒業後は念願のアメリカ・バージニア州へ留学しました。留学中に滞在していたホストファミリーが香港出身の方。首都近郊のその界隈はアジア人が多くいる地域でした。そこで体験したのは、エスニック料理をはじめ、タイ、ベトナム、ラオスなどのお料理。この世にこんなにおいしいものがあるのか!と驚いたんですよ。それで、日本に帰国後、独自でその味に近づくように料理を始めました。

 
おいしいものを食べて「また食べたい!」という欲望からご自分で料理を始められた体験は、とてもステキな出会いでしたね。それから料理をお仕事として?
 
いえ、当時私はキャリア系の仕事をしたくて、アメリカの厨房器具を販売する商社に中途入社し、お料理は趣味で独学を続けていました。でも一生懸命に働いても課長どまりのサラリーマン人生を悟って、今興味にあることを徹底的にやってみよう!と。そこで、タイに行ってみようと思い立ちました。そうした思いを告げて退職を申し出ると、「ちょうどタイに代理店ができるから、そこで働きながらじっくり腰を据えて料理の勉強をすればいい」とアメリカ本社の社長が言ってくださいました。
 
それは幸運でしたね。ビザの関係でなかなか長期間、海外で過ごすことは難しいものですものね。タイは住みやすい国なのですか?
 
英語を使えれば、仕事はたくさんあります。食文化についていえば、キッチンなしのアパートメントに住むのはまぁまぁ上流階級。調理を家でしなくていい文化なのです。ですから、お店以外に屋台もたくさんあって、皆外食です。屋台なんて、日本円で200円もあればお釣りがきます。ちょっといい雰囲気のお店でさえ、2千円でしっかり飲んで食べられます。
 
すごい、うらやましい!アジアでは香港が朝食を外で食べる文化がありますよね。タイは全ての食事が外なんですね〜それにしてもビックリ。キッチンのない家!文化の違いっておもしろいですね。タイにはどのくらいご滞在でご帰国されました?
 

2年です。その間、企業で働きながら料理学校へ通いました。タイにはキッチンがある住居も普通にあるんですよ。タイ人の上流階級や外国人駐在員たちは、もちろんキッチンつきの家に住んでいます。 でも、外国人はコンドミニアムに住むことが多いんです。メイドルームもある高級コンドミニアムに住んでいる場合は、住み込みのメイドさんもいます。

タイから帰国してすぐ結婚、妊娠、出産と続きまして。出産後、テレビ番組のディレクターをしていた知り合いから声が掛かって、ワイドショーの料理コーナーで「お料理対決」のようなコーナーに出演させていただき優勝しました。それで、一緒にやらない?と声をかけてくれたお友達と赤坂で料理関係の仕事を始めました。子どもは2才の時に保育園に運よく入れたので本格的に働き始めました。テレビ番組で、私はフードコーディネーターとして仕事をしていましたが、残念なことにスポンサーの都合で番組自体が無くなってしまいました。

 
2003年頃、食の問題で大手メーカーも揺れていましたよね。フードコーディネーターって、私は雑誌やCFの仕事でご一緒することが多かったですが、テレビ番組はきっと秒単位で厨房は大忙しでは?その番組のお仕事の後は、どうされていたのですか?
 
赤坂で20坪くらいのカフェを友達三人で始めましたが、色々予想が外れて大変で(笑)。結局そのお店を畳んで、六本木ヒルズのテナント「オリエンタル・プリンセス」のプロデューサーとしての仕事に携わりました。メニューの開発やPRをはじめ、一緒に厨房で並んでシェフの教育もしていました。それで、同系列のお店としてワイン&ブラッスリバーを表参道ヒルズで始めることになって、そちらのプロデュースをしているうちに、本や雑誌の仕事をしたいなぁと思い始めて。
 
現在は、「アジアサロン おいしいスプーン」をご自宅で主宰されていらっしゃいますが、ここでは主にタイ料理を教えていらっしゃるのですか?
 
はい。月4回、1クラス2〜6名でタイ料理を中心としたアジア料理を教えています。お一人様、1回8000円の受講料で4品作り、ワインを出して、デザート、コーヒー付き。生徒はバリバリ働いている独身女性もいますし、結婚している女性も参加されています。タイ料理のブログを書いている生徒さんがいらして、教室後に必ず作ったお料理をアップしていて、それが口コミで広まって新しい生徒さんがいらしているようで(笑)。口コミってだいじですね!
特別なことは料理教室で行いつつ、あまり日本とかタイとかの枠にとらわれずに、おいしくて身近な安心安全なものを提供したいですね。中華や「おうちごはん」のことも模索中です。
 
すごく楽しそう!お話を今回ご紹介する書籍「にほんの食ごよみ」に戻しますが、季節ごとの行事や旬の食べ物を「暮らしの手帖」みたいにお料理の背景にある暮らしとか行事なども紹介されているので、とても読みやすいし楽しいですね。橋本さんは普段どんな食生活をされていますか?
 
最近でいうと、みそづくりをしました。一年かかりますが、うちの半地下に貯蔵しています。キムチをつけたりもしていますね。書籍のはじめにも書いていますが、母が教授をしている懐石料理「近茶流(きんさりゅう)」を改めて学び始めてしみじみ気が付いたのは、日本の食文化のいいところ。この国には四季があり、それゆえに食べ物に旬があり、たくさんの豊かな行事やしきたりがある。一年365日、忙しいけれどたのしい。この素晴らしさを伝えていきたいなと思っています。
 
子どもたちに渡していきたい伝統が食に根付いているんですよね。では、今後はどんな展望を?
 
お料理教室とお料理の本をつくることをメインにしていきたいですね。私、ひとに何かを教えるデモンストレーションが好きなので、そしてたくさんのスタッフが関わる書籍制作にも携わっていきたいです。今、ある調味料のメーカーへアプローチしてタイアップでレシピブックを作ろうとしています。そんなふうに食を通じて、仕事をしていきたいです。「あべんとう」も応援しますよ!
 
ありがとうございました。
お嬢さんは、うちの息子と同じ小学4年生。橋本さんも私と同世代であることが発覚!でも、お肌のツヤヤカな張りと潤いはタイシルクのように輝きをもっていました。やっぱり食べ物って重要なんですよね〜。そしてまた、お子さんは娘さんゆえ毎日の母の苦労とはいいつつも、スギオとは段違いの生活態度に「いいな〜!」を連発してしまいました(笑)。「あべんとう」のタイ料理や伝統料理シリーズで、ぜひコラボしてほしいです。あああ、売り物ですが、自分が食べたいです♪
 

「にほんの食ごよみ」(アスキー)2007年12月発売。レシピだけでなく古くから伝わる日本の伝統行事やしきたりについても学べる

「スープレシピ」(グラフ社)2007年11月発売。世界各国のスープを味わえるようなバラエティの豊かさ!

いつのまにか「スープレシピ」の台湾版も発売されていたどうです。台湾でも愛される味なのです

25ansウエディング特集で「にほんの食ごよみ」を紹介してもらいました。

右下らへんの記事がその紹介記事。花嫁修業としてもお役立ちの一冊なのです!

左)読売新聞(夕刊)、食育にふさわしい一冊と紹介。右)読売新聞(家庭面)主宰するお料理教室のことが紹介されました

キッチンは明るいイエローで統一。

取材中ずっと足元でじゃれていたかわいいワンちゃん♂

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