映画「ANPO」
僕は戦争が嫌だ、あんな馬鹿なことを絶対にしたくない。---あの熱かった時代の日本をアーティストたちはどう表現したのか---
2010年9月18日(土)より渋谷アップリンク横浜シネマ・ジャック&ベティほか全国順次公開

映画「TOKKO-特攻-」
2007年夏に公開。KAKERUインタビューVol.23でも紹介した。記事はこちら

アーティストが表現した作品から、時代を語る

声だけ聞けば「何て博学な人だろう」と惹きこまれてしまうが、金髪と青い瞳のリンダさんは生粋のアメリカ人だ。本業は翻訳家として数多くの著名な日本映画の英訳を手がけ、日本の文化人や大物タレントが渡米すれば同時通訳者としてNYで活躍中。

言語能力以上に両国の文化や歴史にも詳しい彼女が、この秋封切りのドキュメンタリー映画「ANPO」の監督・プロデュースを手掛けた。3年前にプロデュースした「TOKKO-特攻-」もドキュメンタリー映画で、「特攻隊とは何だったのか。あの戦争は何だったのか」を丁寧に紐解き、生存している証言者たちへ取材した。宣教師の娘として幼い頃に来日し、日本の地方の公立小・中で教育を受けてきた。アメリカ人であるものの、日本人以上に日本のことを知る努力を惜しまない。

新作「ANPO」では、戦後に何があったのかをアーティストの作品を通して掘り下げている。
「一番伝えたかったのは、抵抗することの輝かしさ。中には実際の安保運動に参加していた人もいますが、多くは運動には関わらずに抵抗の証を芸術表現で葛藤している。きれいな花を描いている場合じゃないと感じた彼らが、社会風刺を込めた作品を描き続けた。私にとっては彼らこそ英雄です」

画壇にも無視され一枚も売れなかったが、今、この映画が「バーチャル美術館」となって埋もれてきた数々の名作を紹介。貧しくてキャンパスも使えずべニア板に描かれた絵に潜むエピソード、作者の想い、心の傷。時代を目撃したアーティストたちの、それぞれの「声」を伝えている。

安保成立の経緯と、安保運動に込められた想い

1960年6月、日米安全保障条約が岸信介政権下で自動更新するまでの1ヵ月間。国会周辺は安保に対する市民のデモで溢れかえった。学生、労働者、主婦など様々な立場の人が参加したこの運動は、「二度と戦争を起こしたくない」という市民の強い意志だったことをアーティストは語っている。

「死者が出るほどの運動が鎮圧され、それを境に政治から経済へエネルギーが転換。個々の家庭の豊かさのために各々が生きていくようになったけれど、唯一独立性を保っていたのがアーティストでした」

映画では、戦争が終わってから、日本に不利な条件の『日米安保条約』が締結されたのはなぜか。その経緯や驚愕の事実に恐れることなく踏み込んでいる。多くの日本人アーティストが登場する中で、唯一のアメリカ人ティム・ワイナーさんの証言が、作品に厚みとリアリティを増している。

しかし、これは日本を批判するための映画ではない、と前置きしつつも「今度リゾートで沖縄へ行ったら、米軍基地の周りも見てはどうでしょう?」と、サラリと提案する。日本人よりも日本の歴史に詳しいリンダさんだが、「実は私も知らないことばかりで、糸口があって勉強したからわかった」と謙虚だ。映画から「戦争は二度とおこさない」と誓った日本が、その後始末を自国でしないままアメリカに『平和でいるための条件』を委ねてきてしまった結果、ANPO運動となった経緯がよくわかる。

日米の従属的な関係は改善できるか?

アメリカと日本の政治的な関係を踏まえずに、これからの日本は考えられない。

この従属的な国の関係をどうすれば改善できるのか?をリンダさんに聞けば、
「アメリカ側から言えることは、軍部は戦争をするたびにお金が儲かっている。もう今やペンタゴンからの天下りが軍事産業でボロ儲けして膨張している。オバマさえNOと言えないからアフガニスタンにまた兵士3万人を送りこんだ。でもそれは、外から止めないと。米軍基地は50カ国にある。国の政権交代のたびに意外と基地は撤退している。そういう前例があるのだから、日本もたまにはアメリカにNOと言ってみたら?と思うのですが……」

第二次世界大戦を語らないで、安保は語れない。しかし、それらのことをタブー視する空気がこれまでの日本にあった。実はそこに根本的な問題がある。政治のありかたを一般市民の視点で歴史を振り返り、これからを語るきっかけを与えてくれる鍵が「ANPO」にはある。

安保を成立させた背後にいた岸首相は、個人的な賄賂をもらうために日本をアメリカに売った。
「映画の中で紹介しきれなかったけれど、ティム・ワイナーさんは30年かけて2000人のCIAにインタビューをして、調査した結果の証言ですからいい加減なものではない。岸に金を渡した人から聞いている。引退して死ぬ前に、彼はほぼ全員のところへ取材した」

戦後に一政治家の起こした不始末が、65年たった今も尾を引いている。

戦争、安保、沖縄。点と線がつながった先に……

今夏の甲子園は沖縄興南高校が決勝戦、大差で勝利し優勝。スポーツでも彼らの底力を思い知ったが、「今年優勝したのは、決してまぐれではない」とリンダさんはいう。

「去年の11月に沖縄の県民大会に行った時はプラカードに『がんばろう』だったけれど、今年になってから一文字『怒』になった。彼らには負けてたまるか!という意気込みがある」

沖縄へ熱視線が注がれ、その土地に関係ない人も興奮し心震えて応援した夏だった。自分に何ができるか?何をしていくべきか?それは誰しもが手探りで見つけていくしかない。

それでも、教科書やマスコミが触れてこなかった安保は、映画「ANPO」で知ることができる。さまざまなアートを通して何を感じるか?それぞれ個々の想いが、これからの日本を形作っていくように思う。そのキッカケを映画で与えてくれるリンダさんに心から感謝したい。

公開日:2010年9月10日

3年前の映画「TOKKO」を観た時も、『大学まで行って一体何を学んできたのだろう?』と焦燥感に駆られた私。自分の無知さを思い知り。今度の「ANPO」を観て、またもや知らないことが多すぎるのは自分の勉強不足もあるけれど、『教育で知らされなかったこと』のほうが多いのではないか?と気づいたのです。沖縄の普天間問題で、なぜ今あんなに揉めているか?なぜこれほど沖縄県民が怒っているか?この先どうすればいいのか?この映画がきっかけになって、私を含む一般ピープルが、どんなことを思い、目指していくのか。時代を象徴するクリエーティブの数々は、たるんだ脳みそに喝を入れてくれます。こういう映画を撮れるリンダさんには、これから もっともっと日本で活躍してほしい!と願っています。(マザール あべみちこ)


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